大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所八王子支部 昭和47年(ワ)892号 判決

原告

野崎芳江

ほか四名

被告

野月武男

ほか三名

主文

1  被告野月武男、同細谷冨美男、同有限会社防長土建は各自、原告野崎芳江に対し金六〇万、八九五〇円、同野崎良二、同野崎鉄男に対し各金四九万三、九五〇円宛、及び同野崎芳江に対しては内金五五万三、九五〇円につき、同野崎良二、同野崎鉄男に対しては各内金四四万八、九五〇円につき、いずれも昭和四七年五月一日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

2  同原告らの同被告らに対するその余の請求及び被告矢武忠正に対する請求並びに原告野崎貞義、同野崎カツの被告らに対する請求をいずれも棄却する。

3  訴訟費用のうち原告野崎芳江、同野崎良二、同野崎鉄男と被告矢武忠正との間に生じた分は同原告らの負担とし、原告野崎貞義、同野崎カツと被告らとの間に生じた分は同原告らの負担とし、その余の分についてはこれを七分し、その六を原告野崎芳江、同野崎良二、同野崎鉄男の負担とし、その余を被告野月武男、同細谷冨美男、同有限会社防長土建の負担とする。

4  この判決は第1項に限り仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  原告ら

1  被告らは各自、原告野崎芳江に対し金三八二万三、三〇〇円、同野崎良二、同野崎鉄男に対し各金三四九万三、三〇〇円宛、同野崎貞義、同野崎カツに対し各金四九万五、〇〇〇円宛、及び同野崎芳江に対しては内金三四七万五、七二八円につき、同野崎良二、同野崎鉄男に対しては各内金三一七万五、七二八円につき、同野崎貞義、同野崎カツに対しては各内金四五万円につき、いずれも昭和四七年五月一日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

との判決及び仮執行宣言。

二  被告ら

1  原告らの請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

との判決

第二当事者の主張

一  請求原因

1  本件事故の発生

昭和四七年四月一四日午後九時ごろ、被告細谷は自家用普通貨物自動車(横浜一さ第七四二三号)(以下本件自動車という)を運転して、八王子市楢原町八一五番地先路上を同市犬目町方面から同市中野町方面に向つて進行し、幅員約三、四メートルの道路に時速約一〇キロメートルで左折進入、約六メートル進行した際、同所の道路際で焚火をしていた野崎和生(以下和生という。)の胸部を、本件自動車の左側後部車輪で轢過し、そのため同人は同所で即死した。

2  被害者和生と原告らとの関係

原告野崎芳江(以下原告芳江という。)は本件事故の被害者和生の妻、同野崎良二(以下原告良二という。)、同野崎鉄男(以下原告鉄男という。)はいずれも和生の子、同野崎貞義(以下原告貞義という。)、同野崎カツ(以下原告カツという。)はいずれも和生の親である。

3  被告らの責任

(一) 被告細谷冨美男(以下被告細谷という)

民法第七〇九条による不法行為責任。すなわち、同被告は本件事故現場にさしかかる直前、訴外菅野義夫から本件事故現場に飲酒し酩酊した和生ら三名がいることを警告され、かつ本件事故現場にさしかかつた際酒に酔い不安定な状態で佇立するか又はしやがんで道路中央側方向から道路脇の焚火を囲んでいた和生を発見したが、同被告としては普通乗用車より形の大きい本件自動車(四トン積ダンプ車、車長五・二六メートル、車幅二・一〇メートル)を運転して、前記のとおり狭い幅員の道路に左折進入して左折場所からわずか六メートルの地点にいる右の状態の和生の直近を通過しようとしたのであるから、十分前方を注視するほか、単に徐行し前輪の通過のみに注意するだけではなく、左折に伴ういわゆる内輪差現象によつて前輪より内廻りになる左側後輪の通過状況にも注意を払い、かつ警笛を吹鳴して同人の注意を喚起し、さらに場合によつては一たん下車して道路脇など安全な場所に同人を退避させる等の手段を講ずる注意義務があつたのにこれを怠り、漫然と同人の傍を通過できるものと軽信して進行した過失により本件事故を発生させた。

仮に和生が道路上に横臥していたとしても、同被告は右状態の和生を発見したのであるから注意義務は右と同様である。

さらに仮に道路際に立つていた和生が本件自動車の左後輪の前に出ていつて倒れたために本件事故が発生したとしても、同被告は和生が酒に酔い不安定でいつ自動車の方へ倒れてこないとも限らない状況であるのを認めていたから、一たん停車して和生を安全な場所に移動させるか、最徐行して同人の動静に注視して左方の安全を確認しながら進行すべき注意義務があつたのにこれを怠つた。

(二) 被告野月武男(以下被告野月という)及び同有限会社防長土建(以下被告防長土建という。)

いずれも自賠法第三条の責任。すなわち

被告野月は本件自動車の所有者であり、被告細谷の雇用主であつて、本件自動車を運転手(被告細谷)付で被告防長土建に賃貸中、本件事故が発生した。

また被告防長土建は同被告の指示監督の下で同被告の業務として被告細谷を残土運搬作業に従事させていたとき、本件事故が発生した。

したがつて被告野月、被告防長土建はいずれも本件自動車の運行供用者である。

(三) 被告矢武忠正(以下被告矢武という)

民法第七一五条第二項の責任。すなわち

被告矢武は本件事故当時、被告防長土建に代つて被告細谷の右残土運搬作業を監督していた。

4  損害

(一) 和生死亡による逸失利益

和生は本件事故当時三九才で、請負制の土工として勤労(通勤)しており、六七才まで就労可能であつた。

そこで労働大臣官房労働統計調査部編の屋外労働者職種別賃金調査報告により右職種及び雇用形態の場合のうべかりし利益を算定する(生活費として三〇パーセントを控除する。)と、

(1) 死亡後第一年目における逸失利益の現価

同調査報告書昭和四八年度版中、昭和四七年八月分の統計によると、右職種雇用形態における一日平均現金給与額は金三、八一〇円、一か月平均実労働日数は二四日であるから、右数字を基礎に第一年目における逸失利益の現価を計算すると

3,810円(年間所得)×24×12×(1-0.3)(生活費控除)×0.952(ホフマン係数)=731,227円

すなわち金七三万一、二二七円

(2) 死亡後第二年目における逸失利益の現価

同昭和四九年度版中昭和四八年八月分統計によると、一日平均現金給与額は金四、七五〇円、一か月平均実労働日数は二三日であり、従つて第二年目における逸失利益の現価は

4,750円×23×12(1-0.3)×(1.861-0.952)=834,189円

すなわち金八三万四、一八九円

(3) 死亡後第三年目以降第二八年目に至るまでの逸失利益

同報告(速報)の昭和四九年八月分の統計によると一日平均現金給与額金五、七三六円、一か月平均実労働日数は二三日であつてこれによる右期間の逸失利益の現価は

5,736×23×12×(1-0.3)×(17.221-1.861)=17,021,875

すなわち金一、七〇二万一、八七五円

(4) 以上合計金一、八五八万七、二九一円であり、原告芳江、同良二、同鉄男は右請求権を各三分の一宛相続したから一人当り金六一九万五、七六三円の逸失利益による損害賠償請求権を有することとなる。

(二) 葬式費用

和生の妻である原告芳江は、和生の葬式費用として金三〇万円を支出し、右同額の損害を蒙つた。

(三) 慰藉料

和生は原告芳江、同良二、同鉄男の一家の生活の支柱であつたし、また父原告貞義が病弱であつたため、若年から両親である同原告、同カツを助けて働き、野崎一家の生活を支えてきた事情にあり、同人は同家にとつて欠くことのできない存在であつた。したがつて原告らは本件事故による和生の死亡により甚大な精神的打撃をうけたうえ、被告ら側が損害賠償に誠意を示さず紛争が長びいている事情、物価水準の上昇を総合すれば、その慰藉料は

(1) 原告芳江、同良二、同鉄男は各金二四〇万円

(2) 原告貞義、同カツは各金一四〇万円

合計金一、〇〇〇万円が妥当である。

(四) 自賠責保険金の給付による損害の填補

原告らは自賠責保険からつぎのとおり保険金の給付を受け、同額の損害が填補された。

(1) 原告芳江、同良二、同鉄男、各金一五〇万円

(2) 原告貞義、同カツ各金二五万円

(五) 弁護士費用

以上被告らに対し、原告芳江は合計金七三九万五、七六三円、同良二、同鉄男は合計各金七〇九万五、七六三円、同貞義、同カツは各金一一五万円の損害賠償請求権を有するところ、被告らは原告らの右損害賠償請求に対し、互に責任を押し付け合い、言を左右にしてこれに応じないので、原告らはやむをえず弁護士山本公定に本件訴訟の提起を委任し、その手数料及び謝金として右各損害賠償請求金額の一割に当る金額(原告芳江は金七三万九、五七六円、同良二、同鉄男は各金七〇万九、五七六円、同貞義、同カツは各金一一万五、〇〇〇円)を委任の目的を達すると同時に支払うことを約し、各右同額の損害を受けた。

5  よつて被告ら各自に対し、原告芳江は総額金八一三万五、三三九円、同良二、同鉄男は各総額金七八〇万五、三三九円、同貞義、同カツは各総額金一二六万五、〇〇〇円の各損害賠償請求権を有することになるが、仮に過失相殺を受けたとしても、原告芳江においては少くとも金三八二万三、三〇〇円(うち弁護士費用金三四万七、五七二円)、同良二、同鉄男においてはそれぞれ少くとも金三四九万三、三〇〇円(うち弁護士費用金三一万七、五七二円)宛、同貞義、同カツにおいてはそれぞれ少くとも金四九万五、〇〇〇円(うち弁護士費用金四万五、〇〇〇円)宛の各請求権を有するので右同額の支払を、及び右請求金額のうちそれぞれ弁護士費用を除いた原告芳江においては金三四七万五、七二八円、同良二、同鉄男においては各金三一七万五、七二八円、同貞義、同カツにおいては各金四五万円につき、本件事故発生の日の後であり、かつ葬式費用支払日の後でもある昭和四七年五月一日から右支払済まで、民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因第1項(本件事故の発生)につき、

(被告野月、同細谷)認める。但し被告細谷運転の本件自動車が本件事故現場にさしかかつた際の時速は五キロメートルないし一〇キロメートルである。

(被告防長土建、同矢武)被告細谷が本件自動車を運転し、原告ら主張の日時場所で本件事故を発生させ、その結果和生が死亡したことは認める。

2  同第2項(被害者和生と原告らとの関係)につき、(各被告とも)不知。

3  同第3項(被告らの責任)につき、

(一) 被告細谷の責任について

(被告細谷)

争う。被告細谷は本件事故現場にさしかかる直前「だれかが焚火をしている」旨は聞いたが、後続車がクラクシヨンを鳴らしていたのでそれ以上の警告は聞きとれなかつた。また本件事故は同被告が左折を終り直進に移つた後、和生が本件自動車の左側方に倒れかかつたために発生したものであるが、同被告は本件事故現場に二人の酔払いがいることは認めたものの不安定な状態ではなく、しかも同人らは道路際で焚火をして道路の端に立つていたのであつて、同人らとの間には自車が安全に通過しうると思われるだけの幅があつたのであるから、前記速度で徐行している自車の左側後輪の前に和生が安定を失つて倒れてくるであろうことは予見不可能である。従つて同被告には原告ら主張のような注意義務はない。また自車左側方は焚火の明かりだけで、しかも左のバツクミラーでしか見ることはできないのであるから、同被告としては左側方の安全不確認のまま漫然と進行したのではなく、左側方を明確に確認することは不可能な状況にあつたのである。

(二) 被告野月の責任について

(被告野月)

被告野月が本件自動車の所有者であり、被告細谷の雇用主であること、本件自動車を運転手付で被告防長土建に賃貸したこと及び右運転手細谷が被告の防長土建の指示に従つて残土運搬作業に従事していたことは認めるが、被告野月が自賠法三条の責任を負うことは否認。同被告は昭和四七年四月一二日ごろ、被告防長土建から電話で運転手付で車を貸してもらいたいと申し出を受けたが、当日は被告野月及び同被告の従業員の慰安旅行の日であつたところから、右旅行に参加しないアルバイトの運転手である被告細谷が承知すればということで同被告の承諾をえて車を貸したのであつて、残土運搬を被告野月が請負つたわけではなく、本件事故当日、本件自動車は被告防長土建の運行管理のもとで使用されていたものである。

(三) 被告防長土建の責任について

(被告防長土建)

被告野月が本件自動車の所有者であり、被告細谷の雇用主であることは認めるが、同被告が本件自動車を運転手付で被告防長土建に賃貸したとの点は否認し、被告防長土建の運行供用者責任は争う。

すなわち、被告防長土建は本件事故当時、被告野月に対し残土運搬を土木業界の慣行に従つてダンプカーによる運搬一回につき金一、〇〇〇円という当時の相場により下請契約で発注したのであつて、本件自動車を賃借していたものではないし、被告細谷を指揮監督してはいなかつた。右残土運搬は、被告防長土建としては被告野月に初めて発注したもので、全く臨時的な一回限りの仕事であるし、作業内容も工事現場から残土捨場まで往復の道順を教えるだけでだれにでもできる単純なものであつて、被告防長土建の具体的な指示監督は必要でなく、従つて本件自動車について同被告の運行支配といえるようなものはなかつた。むしろ本件自動車に対する管理及び運転上の注意は被告野月においてすべて行つており、本件自動車の運行による利益も同被告に帰属しているから、本件事故についての運行供用者責任は車両保有者である同被告のみが負うべきである。

(四) 被告矢武の責任について

(被告矢武)

否認。被告矢武は単なる現場の労務者であつた。もつとも同被告は被告防長土建の代表者となつているが、右代表者名義は形式だけで、実際の会社代表者は訴外土田正人であり、本件事故においても現場監督を行つていたのは同人である。

そのうえ、被告細谷の本件残土運搬作業は前記のとおり被告野月の請負作業に係るものであり、被告防長土建の事業の執行ではなかつたから、いずれにしても被告矢武が民法第七一五条第二項の責任を負うことはありえない。

4  同第4項(損害)につき

(被告野月、同細谷)

損害の各項目につき、いずれも不知。

(被告防長土建、同矢武)

いずれも争う。すなわち

(一) 逸失利益につき、

(1) 和生は屋外の重労働に従事している労働者であり、しかも毎日の飲酒により実際の年令より老化していた。従つて余命年数に疑問がある。

(2) 原告らは逸失利益算定については事故後経過した約三年の間の資料をとり入れて請求しているが、事故時の資料によつて逸失利益を算定すべきである。

(3) 和生は本件事故当時仕事がなく、仕事を探していた状態であつて、月平均二四日も稼動できるか疑問である。

(4) 生活費は三五パーセントないし五〇パーセント控除されるべきである。

(5) 中間利息の控除については、逸失利益算定が長期間にわたるので公平の見地からライプニツツ方式によるべきである。

(二) 慰藉料

原告ら請求の合計金一、〇〇〇万円の慰藉料は本件事故の情況に照らし多額に過ぎる。

三  抗弁

1  自賠法第三条但書による免責の主張

(被告野月)

仮に被告野月が本件自動車の運行供用者だとしても、前記請求原因第3項に対する被告細谷の主張のとおり、本件事故については被告細谷は無過失であり、もつぱら和生の一方的かつ重大な過失によるものである。また被告野月も本件自動車の運行について注意を怠つたことはなく、さらに同車には本件事故と因果関係があるような構造上機能上の欠陥障害はなかつた。よつて被告野月には責任はない。

(被告防長土建)

仮に被告防長土建が本件自動車の運行供用者だとしても、被告細谷は本件自動車を、和生とは約八〇センチメートルの間隔を置き、六キロメートルないし一〇キロメートルの時速で、しかも左側の焚火のある方を十分注意して通過させようとしたのであつて、安全に通り抜けられる筈のところ、和生が酩酊して本件自動車の下に倒れこんできたために本件事故は発生した。従つて被告細谷は無過失であり、和生の一方的過失によるものである。また被告防長土建も本件自動車の運行に注意を怠つたことはなく、本件自動車には本件事故と因果関係のあるような構造上機能上の欠陥障害は全くなかつた。よつて被告防長土建には責任はない。

2  過失相殺

(各被告とも)

仮に被告細谷に何らかの過失があつたとしても、和生の方に前記のような重大な過失があるので大幅な過失相殺をすべきである。

四  抗弁に対する認否

1  抗弁第1項(免責の主張)について

いずれも争う。被告細谷には請求原因第3(一)記載のとおりの過失があつた。また本件自動車は事故当日バツテリーがあがり、一たんエンジンが停止すると再始動ができない状態であつた。本件自動車の右のような欠陥が被告細谷をして本件事故現場で停車して和生を避譲させなかつた理由である。

2  同第2項(過失相殺の主張)について

争う。本件事故当時和生が多少酩酊していたとしても被告細谷の前記のごとき大きな過失を考えれば過失相殺はすべきではない。

第三証拠〔略〕

理由

一  本件事故の概要

〔証拠略〕を総合して認定した事実によれば、本件事故に至るまでの経緯及び本件事故の概要はつぎのとおりである。

1  被告細谷は、昭和四七年四月一四日午後八時半ごろから、被告防長土建施工の八王子楢原町五九一番地の一先秋川街道(都道三二号線)上の工事現場の残土を本件自動車(ダンプカー)に積載、これを運転して約九〇〇メートル離れた同町九二三番地付近の残土捨場まで運搬のうえ投棄する作業に従事し始め、その第一回目の残土運搬の途中、一台の車両が辛じて通行できる程度の細い道に入る直前の都道一八六号線と同一七六号線の交差する地点付近で先行したもう一台の残土運搬用のダンプカーが戻るのを待機していた。なお被告細谷運転の本件自動車は最大積載量四トン、車長五・二六メートル、車幅二・一メートル、車高二・四五メートルのダンプカーである。

2  また右細い道は、被告細谷の進行方向から見ると都道一八六号線を右折して同一七六号線に入り、同線を約一五メートル進行した地点から左折して進入する道であつて、本件事故現場はその入口から六・一メートルの地点に存在し日枝神社境内がその北縁に接している。そしてその有効幅員は入口附近で三、八八メートル、本件事故現場付近で三・四メートル(但し南縁には竹林があり、落葉の吹きだまりもあつて有効幅員は約三メートルである。)であり、右道路に本件自動車が左折進入する場合、後輪が前輪より内側を通過するいわゆる内輪差は本件事故地点ではほぼ解消するが、なお後輪は前輪よりタイヤ幅(後輪のダブルタイヤ)程度内側を通過し、左後輪と道路端とは最も大廻りのコースで左折したとしても〇・九八メートルの間隔しかない。

3  被告細谷運転の本件自動車に先行したダンプカーは訴外菅野義夫がこれを運転していたが、同人は同車を運転して前記細い道に入る直前で右道の真中で酩酊した三人の男(一人は和生、他の二人は同人の同僚)が焚火を囲んでいるのを発見し、クラクシヨンを吹鳴して道を明けるよう求めたが同人らはこれに応じようとしないため、残土捨場整理要員として残土捨場へ行くためたまたま同乗していた同僚とともに下車してうち最も酩酊していた男一人(和生と推認される。)を二人でかかえて道路左端に移し、(他の二人は自分でどいてくれた。)、焚火も道路左端の方へ寄せた後、右同乗者の誘導で同地点を通過した。同人が残土を投棄して再び同地点を通過しようとしたときも右酩酊者らのうち二人は往路に移動させたのと同地点に坐つていたので同人は運転席から体を乗出し(帰途は酩酊者らの位置は車の右側すなわち運転席側に当る。)、車側を十分注意しながら辛じて通過した。そして都道に出て待機していた本件自動車と会つたので、運転手の被告細谷に対し、右酩酊者らの存在を教示し、単独運転では危険であるからパトロールカーを呼寄せた方がよい旨を警告した。

4  ところで和生ら三名は同日午前中から自宅で焼酎八合を飲酒し、さらに午後四時ごろから日枝神社境内でさらに焼酎八合を飲んだため三名とも泥酔し、とくに和生は極度の酩酊状態に陥つていた。そして暖をとるため前記のように道路上で焚火を始めていたものである。

5  被告細谷は菅野の右警告にもかかわらず、単独運転のまま直ちに待機地点から出発(同日午後九時ごろ)、都道一七六号線に入り、右細い道へ左折する直前に菅野の警告のとおり本件事故現場付近に二人の酩酊者(うち一人は和生)が道路左端近くに佇立しているのを認めたが、安全に進行できるものと判断して時速五キロメートルないし一〇キロメートル(徐行状態といえる。)で左折進入を開始し、本件事故現場付近を通過しようとした。同被告は右酩酊者らに近づくにつれて同人らが酩酊のため不安定な状態にあることを認め、さらに本件自動車の前輪付近が本件事故現場を通過した際(なおこの際は後輪の通過進路を含めて右酩酊者らがそのままの位置を維持すれば本件自動車に接触する可能性はなかつたものと認められる。)、酩酊者のうち一人が車の後方へ動き出し同時にもう一人の酩酊者もふらふらと車の方に寄つてきたことを感じた(もつとも明確に認識したと認めるに足りる証拠はない。)が、なお漫然と運転を続けたところ、右酩酊者のうちの一人であつた和生が安定を失つたまま本件自動車に接触して左後輪直前にうつぶせに倒れたため、同人の右腰から右背胸部にかけて本件自動車の左後輪が轢過して同人の右背胸部肋骨多発骨折等を生じさせ、その結果同人は同所において即死した。しかし同被告はなおも右事故に気づかず、右轢過によるシヨツクを焚火にくべてあつた丸太にでも乗つたものと錯覚してそのまま運転を継続した。

前記各証拠のうち右認定事実に反する部分は採用せず、また同じく右認定事実に反する〔証拠略〕も採用せず、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

二  各被告の責任

1  被告細谷

前記認定の、本件事故現場を先行した菅野の警告、自らも認めた不安定な状態で佇立している酩酊者の存在、車両と路端との間隔、前輪の通過以上に後輪の通過が危険な事実に照せば、酩酊者らが酩酊のために安定を失い車体の方へ倒れかかつて接触し事故を引起することは十分に予見可能であり、従つて被告細谷としては、本件自動車を運転して右酩酊者らの直近を誘導者なしで敢えて通過しようとする場合、右酩酊者らの挙動に細心の注意を払い、いやしくも異常が感じられた場合は直ちに自動車の進行を停止すべきであるのに、右酩酊者らが佇立地点から車両の方へふらふら寄つてきたのを感じながら停止することなく、なお漫然と運転を継続したことは同被告の過失というべきである。

2  被告野月及び同防長土建

(一)  被告野月が本件自動車を所有し、被告細谷を雇用していたことは当事者間に争いがなく、〔証拠略〕によればつぎの事実が認められる。

(1) 被告野月と同防長土建は同業者仲間としてかねてから交際があつたが、昭和四七年四月一二日同防長土建から同野月に対し、同防長土建の施工する土木工事に伴う残土運搬のために同月一三日から同野月の有するダンプカーを運転手付で借りたい旨の申し入れがあつた。ところが同野月は同日からその従業員と慰安旅行へ行く予定であつたので、右旅行に参加しないアルバイト運転手の同細谷の意向を確かめ同被告の了承を得たうえ、同防長土建の右申し入れに応ずることとし、同細谷に対し、防長土建の現場へ行つて、その現場責任者の指示に従うべき旨の指示を与えて同日本件自動車を運転させて同防長土建のもとへ派遣した。

(2) 被告防長土建は直ちに同細谷を前記工事現場に案内し、同防長土建の設定した残土捨場とそこへ至る道順を指示したうえ、同日午後七時ごろから同被告に所属するダンプカー(同被告の従業員である前記菅野義夫運転)と交互に残土運搬投棄作業に従事させた。なお同被告は右作業中同細谷に対して一回一回具体的な指示は与えないが、同被告の運転手と同様一般的な指揮下においていた。そして一四日夜も前夜に引続き同細谷を同防長土建のダンプカーとともに同被告の残土運搬投棄作業に従事させたところ、同細谷は右作業中本件事故を発生させたものである。

(3) 被告細谷は同年二月か三月ごろからアルバイトとして同野月に雇用され、ダンプカーの運転に従事する傍ら土木の手伝いもしていたが、同細谷の同防長土建派遣に当つてもその給料は自動車の燃料費等の経費とともに同野月が負担することになつていた。なお同野月と同防長土建の間では、右派遣に対する報酬の細目については事前に明確な取り決めはなかつたが、右のような場合の報酬計算については業界に慣習があり、両者とも暗黙のうちに右慣習に従つて処理することを了解していた。そして右慣習による報酬は運転手に対する給与、燃料費等諸経費を償つたうえ、利益も保証される額であつた。

右認定の事実に反する証拠はない。

(二)  右事実によれば、

(1) 被告野月は本件自動車の保有者であるうえ、本件自動車の運転手としての同細谷の派遣は両被告間の雇用関係の一環として行われたものであつて、同野月による従業員細谷を介しての本件自動車の運行支配に何らの変更はなく、また右派遣によつて同野月に利益が見込まれており、運行利益にも欠けるところはない。従つて同被告は本件事故時にも本件自動車の運行供用者であつたというべきである。

(2) 被告細谷と本件自動車による同防長土建の残土運搬作業が下請であるか、運転手付自動車の賃貸借であるか問題はあるが、仮に下請と解したとしても、同細谷が同防長土建の従業員である運転手菅野と全く同様に同被告の一般的指揮監督下にあり、交互に同被告の事業に伴う残土運搬作業に従事していたのであるから、同被告は同細谷を実質的に自己の被傭者と同様に利用し支配していたということができ、従つて同防長土建は本件事故当時自己のために本件自動車の運行を支配しかつ運行利益を得ていたと認めるべきであり、従つて同被告もまた本件自動車の運行供用者である。

(三)  被告野月、同防長土建の免責の主張については、前記のとおり運転者である同細谷に注意義務懈怠が認められる以上その余について判断するまでもなく失当である。

(四)  よつて被告野月及び同防長土建はともに自賠法第三条による運行供用者責任を負わなければならない。

3  被告矢武

〔証拠略〕によれば、同被告は登記簿上同防長土建の代表者となつているが、実質的な代表者は訴外土田正人であつて(同矢武は土田の妻の弟に当り、金融機関との関係で名義上代表者となつているに過ぎない。)、本件事故時にあつても、同被告は土木作業員として他の作業員とともに作業に従事していただけで、事業の監督はしていなかつた(監督者は土田であつた。)ことが認められ、これに反する証拠はない。

そうすると同被告が民法第七一五条第二項の責任を負ういわれはない。

三  過失割合

本件事故の発生原因となつた被告細谷の過失は前記認定のとおりであつて、その注意義務懈怠の程度はかなり重大なものといえる。

しかしながら和生も前記認定の如く本件事故当日は午前中から飲酒し、本件事故ごろは極度の酩酊状態に陥つて本件事故直前には道路上で焚火をして自動車の通行を妨げたばかりではなく、自動車運転手から通路を明けるよう求められてもなおこれに従わないような態度を示していたのであり、被告細谷運転の本件自動車通過に当つても、その酩酊のために身体の安定を失い、安全であつた佇立地点から自らよろけて移動し徐行進行中の本件自動車に接触してその左後輪直前に転倒し轢過されたもので、いわば自招の事故の一面は否定しえず、本件事故に対する寄与の割合を比較した場合、むしろ過半の原因は飲酒酩酊に起因する和生の危険に対する感覚の麻痺及び肉体的不安定にあつたというべきであり(乙第一九号証によれば、本件事故時のやや前の和生の酩酊状態の目撃者はその酩酊状態から事故発生の高度の危険性を感じていたことが認められる。)、同人の過失と被告細谷の過失の割合は和生六割五分、同被告三割五分とみるのが相当である。

四  和生と原告らとの関係

〔証拠略〕によれば、原告芳江は和生の妻、同良二及び同鉄男はいずれも和生の子、同貞義、同カツはいずれも和生の親であることが認められる。従つて原告らは被告細谷、同野月、同防長土建に対する和生の損害賠償請求権を相続(但し原告貞義及び同カツは除く。)するとともにそれぞれ固有の損害について賠償請求権を有するといえる。

五  損害

1  逸失利益

〔証拠略〕によれば、和生は本件事故当時三九才であり、通勤の請負制土工として勤労していたことが認められる。

〔証拠略〕によれば、本件事故後間もない昭和四七年八月末日現在において右職種、雇用形態の労働者の全国平均一日現金給与額は金三、八一〇円、実労働日数は一か月二四日であることが認められ、従つて右職種、雇用形態の労働者の一か月平均収入は金九万一、四四〇円ということになるが、〔証拠略〕によれば、和生は死亡前ごろ日給金一万円以上の仕事をすることもあり、その一か月の収入においても月によつて多寡はあつたものの、平均して少くとも右平均収入額はあつたことが認められ、これに反する証拠はなく、そうすると和生は今後相当期間死亡月である各年四月現在において各対応年次の右調査報告による同職種、同雇用形態の労働者の全国平均収入はえられたであろうと推認しうる。

また控除すべき生活費については、和生は前記認定のとおり妻及び子二人(〔証拠略〕によれば未成年であることが認められる。)の家族を有していたが、〔証拠略〕によれば、同人は生前酒好きで毎日四合位の飲酒(通常は日本酒)に耽つていたこと、芳江がパートタイマーとして働きに出て家計を助けていたことが認められ、右事実によれば、和生の生活費は収入の四割と認める。

さらに和生の就労可能年数については、同人の職業が定年制のない土工であることに照せば六七才までと認めるべきであるが、その重労働性に鑑み、右全国平均の収入をえられる期間は六〇才までで、その後は右全国平均の七割の収入があるものと推認することが相当である。

なお逸失利益の算定に当つては、口頭弁論終結時までにえられる限りでより高い蓋然性を有する資料に基づくことが合理的であるとともに、中間利息の控除においてもより合理的な複利年金現価表(ライプニツツ方式)を採用することが相当である。

そこで和生の逸失利益を算定すると

(一)  死亡後第一年目における逸失利益の現価

前記認定のとおり、和生は死亡前少くとも一か月平均金九万一、四四〇円の収入をえていたことが認められ、右収入はその後一年間は継続するものと推認されるから、死後第一年目における逸失利益の現在価格は別紙計算表1のとおり金六二万七、〇一七円である。

(二)  死後第二年目における逸失利益の現価

〔証拠略〕によれば、同職種、同雇用形態の労働者の昭和四八年八月末日現在における全国平均一日現金給与額は金四、七五〇円、一か月実労働日数は二三日であることが認められ、これによれば一か月の収入は金一〇万九、二五〇円となるので、右金額を基礎に第二年目の逸失利益の現在価格を計算をすれば同計算表2のとおり金七一万三、四六九円である。

(三)  死後第三年目以降第二一年目(六〇才時)までの逸失利益の現価

〔証拠略〕によれば、同職種同雇用形態の労働者の昭和四九年八月現在における全国平均一日現金給与額は金五、七三六円、一か月実労働日数は二三日であることが認められ、そうすると一か月の収入は金一三万一、九二八円となるから右金額を基礎に前記期間の逸失利益の現在価格を求めると同計算表3のとおり金一、〇四一万二、三五七円となる。

(四)  死後第二二年目以降第二八年目(六七才時)までの逸失利益の現在価格同計算表4のとおり金一三八万一、〇一五円である。

(五)  合計

和生の逸失利益は以上合計金一、三一三万三、八五八円である。

2  葬儀費用

〔証拠略〕によれば、原告芳江は和生の葬儀費用として少くとも金三〇万円を支出したことが認められる。

3  慰藉料

前記認定のとおりの和生と原告らとの関係に照せば、原告らが本件事故による和生死亡につき精神的損害を受けたことは明らかで、その損害は原告芳江、同良二、同鉄男は各金一五〇万円、同貞義、同カツは各金二五万円と評価することが相当である。

六  原告らの請求権額

そうすると

1  原告芳江は和生の妻として同人の前記逸失利益の三分の一である金四三七万七、九五二円、葬儀費用金三〇万円、慰藉料金一五〇万円、合計金六一七万七、九五二円

2  原告良二、同鉄男は、和生の子としてそれぞれ同人の前記逸失利益の三分の一である金四三七万七九五二円及び慰藉料金一五〇万円、合計金五八七万七、九五二円宛

3  原告貞義、同カツはそれぞれ慰藉料金二五万円宛

を被告矢武を除くその余の被告らに請求しうるところであるが、和生の前記過失を斟酌すると、原告らの同被告らに対する損害賠償請求権額は

1 原告芳江は金二一六万二、二八三円

2 原告良二、同鉄男は各自金二〇五万七、二八三円

3 原告貞義、同カツは各自金八万七、五〇〇円となる。

七  損害の填補

原告芳江、同良二、同鉄男が各金一五〇万円宛、原告貞義、同カツが各金二五万円宛自賠責保険金の給付を受けたことは原告らの自認するところである。そうすると

1  原告貞義、同カツについては同原告らの有する損害賠償請求権は填補されたうえ、なお合計金三二万五、〇〇〇円を超過受給したことになるが、右超過分は原告芳江、同良二、同鉄男に代理して受領したと認めることが相当である。

2  従つて原告芳江の有する損害賠償請求権については、右金一五〇万円の保険金及び原告貞義、同カツによる代理受給分の三分の一である金一〇万八、三三三円、合計金一六〇万八、三三三円が填補され、残額は金五五万三九五〇円

3  原告良二、同鉄男の有する損害賠償請求権についても右同額の填補がなされ、残額は各金四四万八、九五〇円宛

となる。

八  弁護士費用

以上のとおり被告細谷、同野月、同防長土建に対し、原告芳江は金五五万三、九五〇円、同良二、同鉄男はそれぞれ金四四万八、九五〇円宛請求しうるのであるが、〔証拠略〕によれば、同被告らが互にその責任を押しつけ合い任意の弁済に応じないので原告らは訴訟による請求を弁護士である原告ら訴訟代理人に委任し認容額の一割を支払う約をしたことが認められ、これによると原告芳江は金五万五、〇〇〇円、同良二、同鉄男は各金四万五、〇〇〇円宛同弁護士に支払うことになると推認されるが、右費用は本件事故と相当因果関係にあるということができ、同被告らに賠償せしめるべきである。

九  結論

よつて被告細谷、同野月、同防長土建は連帯して原告芳江に対し金六〇万八、九五〇円、原告良二、同鉄男に対しそれぞれ金四九万三、九五〇円宛、及び原告芳江分については内金五五万三、九五〇円、同良二、同鉄男分については各内金四四万八、九五〇円に対し、本件事故発生日の後であり、かつ葬儀費用支出日の後であることが明らかな昭和四七年五月一日から右支払済まで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金を支払う義務があり、従つて同原告らの本訴請求は右の限度で理由があるから一部認容し、同被告らに対するその余の請求及び被告矢武に対する請求は失当であるから棄却することとし、また原告貞義、同カツの本訴請求はいずれも失当であるから全部棄却し、訴訟費用については民訴法八九条、九二条、九三条、仮執行宣言については同法一九六条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 國枝和彦)

逸失利益計算表

1 死後1年目

91,440円(1か月収入)×12(月数)×(1-0.4)生活費控除×0.95238095(ライプニツツ係数)=627,017円

2 死後2年目

109,250円×12×(1-0.4)×0.90702948=713,469円

3 死後3年目から21年目まで

131,928円×12×(1-0.4)×(12.82115271-1.85941043)=10,412,357円

4 死後22年目から28年目まで

131,928円×0.7×12×(1-0.4)×(14.89812726-12.82115271)=1,381,015円

5 合計

13,133,858円

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例